いつもの車の整備工場で、オイル交換を依頼した。
車はオイル交換が命だって、誰かが言ってた。
たぶん父だったか、車にうるさい先輩だったか。
どちらにしても私は、それを信じている。
信じるくらいのことは、ちゃんとやってる。
30分ほどで作業が終わり、お会計を済ませると、
戻ってきた車は、見た目は変わらないのに、なぜか満腹そうな顔をしていた。
今日は少し贅沢させてあげたのかもしれない。
たまにの贅沢を楽しんでくれて、よかったよ。
「ありがとうございました!」と元気な掛け声とともに車に乗り込んだ。
少し整備工場のオイルのにおいが車内に残っている。これはこれで、案外好きだ。
子供のころ、ガソリンスタンドのにおいが好きって言ったら、
「そんな危ないにおい好きになったらダメ」って母に怒られたのを思い出す。
それからしばらく、スタンドには連れて行ってもらえなかった。
そんなことを思いながらエンジンをかけると、
車が進みだすのと同時に、また「ありがとうございましたー!」と大きな声が聞こえた。
窓を閉めたあとも、まだ耳に残っている。
時間は17:00を回ろうとしていた。
この時間のこの道は、やけに混む。
私は右手でレバーを上げ、左折の合図を出す。
でも、すぐには曲がれなさそうだ。
ふとサイドミラーを見ると、
さっきの整備士さんが、微笑みながらこちらを見ていた。
見られれば見られるほど、ハンドルを握る手が汗ばんでいく。
必ず左折を成功させなければならないという謎の使命感が、両手に重くのしかかる。
しかし、車が途絶えない。左折の合図を出したまま、永遠の時間が過ぎていく。
見送りは、たぶん相手の気持ちだ。
でも、それにうまく応えられるかは、こっちの運転次第だ。
そう考えた瞬間、なぜか少しだけ人生っぽく感じてしまった。
そろそろ整備士さんの微笑みも薄くなってきた。
今行けただろ、と思われていそうで、変な焦りが込み上げる。
ウインカーの音が、やけに大きく響いてくる。
やっと隙間ができた。
変な達成感と、照れ隠しの笑いを浮かべながら、ゆっくりと左折をする。
ちゃんと曲がれた。たぶん、ギリギリの及第点。
こんなにゆっくり、緊張しながら左折したのは、教習所以来かもしれない。
あのとき左折をほめてくれた先生は、今回の左折を見ていたら、ほめてくれただろうか。
そんなことを思いながらサイドミラーを見たが、
整備士さんの表情を確認するには、もう少し遅かった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
見送られて焦ってしまうような、
そんなやさしさを素直に受け止められない瞬間の別のお話、よければ。
#ちゃんと曲がれたことにしておこう
#この見送りは、見張りだ
#教習所の先生、今日もよければほめてください。