ありがたい、ありがたいんです、が。

 

昼間の気温が、じわじわ上がってきた。

今日はその中でも、特に暑い日らしい。

今年初めて、車のエアコンをつけた。

 

この「車のエアコンでしか味わえない冷風」がすごく好きだ。

この冷風を直接体に浴びる感じ。

サウナに入っていないのに、整っていく。

仕事の準備はまだ整っていないのに。

 

少し走ったら、コンビニが見えた。

今日は飲み物を用意していなかったので、アイスコーヒーを買いに入る。

 

氷がたっぷり入ったプラスチックカップ。

キンキンに冷えていて、手に持つだけで、ちょっと元気になった。

ゴクゴク飲むと、胃のあたりから少しずつ静かになっていく感じがする。

水じゃなくて、今日はこれがほしかった。

 

ただ、薬だけはコーヒーで飲めない。

代わりになるようで、ならない。

 

車に戻ると、あっという間に飲み干してしまった。

冷たさって、すぐ終わる。

これが100円。今の私は、ちょっとした富豪だ。

小学生の頃の自分が知ったら、尊敬してしまうと思う。

 


 

予定していた会社に着いた。

こっそり買っておいた二杯目のコーヒーも、もう空になっていた。

ここは、お得意様の会社。

社員の方はみんな優しくて、営業としてはありがたい場所。

 

「今日は暑いですね」

たぶん日本で今日いちばん使われているであろう言葉を口にしながら、応接室へ。

 

しばらくして、笑顔と一緒にコーヒーカップが運ばれてきた。

 


 

そこには、アイスの“ア”の字もなかった。

湯気が、しっかりと立ちのぼるホットコーヒーだった。

 

ありがたい。

とても、ありがたい。

でも今日は、アイスコーヒーの日だったのだ。

 

こっそり2杯飲むくらいには、アイスコーヒーに夢中だった。

そんな日に、ホットコーヒー。

身体の中に冷房が効いていたのに、

またじんわりと、夏が戻ってくる。

 

でも、この好意は受け取らなければならない。

ここで湯気に戸惑ってはいけない。

営業の正解は、湯気を“ありがたい”で包むことなのだ。

 

思っていたのとちがう温度のものを、笑顔で

受け取るということに、私はまだ慣れていない。

でもたぶん、慣れるしかない。

 


 

やっと普通に飲める温度になった頃には、

コーヒーの話なんて、もうとっくに終わっていた。

 

会話と会話の間に、ひと口。

その度に、ありがたい。と心の中でつぶやいた。

 

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

湯気が立つほどの好意を、静かに飲み干すしかなかった日のこと。

似たようなズレと戸惑いを描いた、別の日の話も、よければ。

コンビニに、礼儀を置いてくる

 


 

#近くに氷屋さんはありますか?

#湯気と気配は、受け取らないわけにはいかない

#ありがたいでうまく包めたはず

 

 

 

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